ジャバ・ザ・ハットリ
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どんなに頭が良くても英語ができなければ賢いチンパンジー

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英語ほど誰でも多少の労力で手に入って、お金も生活の質も劇的に向上させてくれる技術は他には無い。それなのに時々ウェブ上で見かけられる英語軽視の論説は一体なんなんだろう。

特に英語圏での海外暮らしは「どんなに頭が良くても英語ができなければ賢いチンパンジー」という現実に向き合わなければならない。「英語ができなくたって。。。」「英語なんかよりもずっと大切なことが。。。」などという言い訳にまったく意味が無い現実に向き合い続けることで見えてくるものもある。端的に言うと「英語の重要性」だ。これは強調しても強調しすぎることがない。

そしてこの傾向は例え日本に暮らしていたとしても広まっていくだろう。これからの若い世代にとって英語軽視の発想は害悪でしかないので、ひとつひとつ反論したい。

英語軽視その1)教育においては英語ではなく身体のバランスや創造力の育成を重視している。

誰が英語ができるようになると、身体のバランスを崩して、創造力が欠如するって言った?
身体のバランスなんて関連性が無さ過ぎて反論のしようがない。そんなモンが重要と思うのなら一輪車にでも乗って鍛えておいてくれ。だからといって英語を軽視するのは頭おかしい。
創造性については英語は創造性を加速させる。よく言われるように創造性とは新しい組み合わせのパターンだ。そのパターンを創るためには情報が要る。英語ができることで、昨今のほぼ英語フォーマットになっている世の中の情報を素早く仕入れることが可能になり、たくさんの情報があることで組み合わせパターンをより多く創出することができる。

英語軽視その2)英語ができてもバカはバカ。

おーそうかい。じゃあバカなりにせめて英語だけでもできた方がマシだろう。こうして「英語ができても。。。」と言ってなにか得でもあるんか?
人を揶揄する暇があるなら、英単語のひとつでも覚えたらどうかね。
こういう発想を持つ人には「賢いチンパンジー」の現実が見えていない。

英語軽視その3)日本に居るかぎり英語は要らない。

これからのグローバル資本主義社会で生きていく上では居住国に関係なく英語が必須になる。日本に在住している日本の人の仕事が外国に奪われる社会になるからだ。地元密着型の仕事であっても、その顧客ターゲット、従業員に外国籍の人が増えた際にいつまでも日本語だけで Ok とはならない。
若い世代の場合、その人が一生を日本で暮らすという保証はどこにもない。とてもいい仕事が突然にマレーシアから来た、なんてことが誰の身にも起こる可能性がある。そんな話が来てないのは単に英語ができなくて、いい仕事の可能性を自ら踏み潰しているのかもしれない。

英語軽視その4)もうすぐ自動翻訳ができるから語学を勉強する意味ない。

その「もうすぐ」っていつなんだ?これを「3年以内だ」とか言うヤツが居たらそいつは完全な嘘つき。この分野の技術予想は誰にもできない。現実的には「ひょっとしたら来週かもしれないし、20年後かもしれない」というのが正確な解答になる。カナダの研究者チームがディープラーニングを実装した AI で革命を起こしたように、ブレークスルーがいつどこから出てくるかなんて誰にも予想できない。そんないつ来るかも分からない技術に賭けるのはリスクがデカすぎる。確実なのは今からあなたが英語を勉強すればスグに英語能力が手に入るということだ。

英語軽視その5)TOEIC で高得点とっても英語なんて話せるようにならない。

その通り。もっと勉強しましょう。

こんなのにひとつひとつ反論しても大して意味も無さそうなので、この辺でやめておく。

最後にひとつ言いたいのは IT エンジニアの場合について。しょうもない理屈はどーでもいいから、 カネの話 をしたい。
IT エンジニアに英語というスキルを加えるだけで、収入が上がる。英語圏移住とセットにすれば爆上がりと言ってもいい。英語というのは IT 系の新しい技術とかプログラミング言語をマスターするなんてことよりもよほどレバレッジが効いていて効果バツグンなのだ。IT エンジニアで英語ができないまま放っておくなんて、自らのチャンスをドブに捨てているようなモノ。

常に日本語でググって調べ物をしていたとしたら、その手を止めて英語学習に時間を割り当ててみるのはいかがだろうか。変にカッコつけて「これからのエンジニアというものはー」なんて理想論の話なんかじゃなくて、単にカネを得るためとして。英語ほど費用対効果の高いモノは他には無いのだから。

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